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VICアカデミー「ソムリエの本質」
2025年 10月 14日
VICアカデミーとは、弊社理念にある「学習と成長」の実践の1つとして開催しているVIC社員及び関係者のための
勉強会です。
「ソムリエの本質」
講演者:JIMBO MINMI AOYAMA マネージャー 兼 ソムリエ 蒲地 健 氏
実施日:2025年5月12日(月)
蒲地 健(かもち けん)
【略歴】
1969年千葉県生まれ
1992年専修大学文学部人文学科 卒
大学卒業後アジア(中国・ネパール・インド・タイ・香港)を探訪
※チベットの空を見るため
帰国後北海道で農家・酪農家のもとで食糧生産の現場体験
千葉県「ストリーム ヴァレー」にて同店に伝わる珈琲・紅茶・カクテルの技術を修得
2008年日本ソムリエ協会認定ソムリエ試験合格
2012年ミシュラン三ツ星の札幌「モリエール」にてレストランサービスに従事
2018年モリエールが美瑛に開店したオーベルジュ「bi.ble」にて勤務
現在 南青山のイタリアンJINBO MINAMI AOYAMAにてマネージャー兼ソムリエとして勤務
■ソムリエについての基礎知識
ソムリエは、日本ソムリエ協会(JSA)で実施する資格試験に合格した者が認定され、通し番号の入ったソムリエバッジを授与される(補足:ANSAのバッジには通し番号の刻印はないと思われる)。日本にはおよそ4万人のソムリエがいるといわれるが、辞めた者や亡くなった者を考えると、おそらくもう少し少ないと思われる。ソムリエの他、ワインエキスパートという資格もあるが、この違いは、ソムリエが実際にお客様に飲食店でサービスをする者が対象で、エキスパートが酒屋など流通に関わる者が対象だという点。
ソムリエ試験は年々難化していると言われるが世界的に有名なソムリエである田崎真也氏がJSAの会長になってからは更に難しくなったと言われる。ソムリエ試験の内容は、1.ワインについての知識を問う筆記試験、2.テイスティングや論述を行う二次試験、3.実際にワインサービスをする実技試験がある。ワインエキスパートは1,2のみに合格すれば良く、ソムリエは1から3の全てに合格する必要がある。
2の二次試験は、3種のワインと、1種のワイン以外の酒について、テイスティングを行い、産地や葡萄品種などを当てる。3の実技試験の時には、あまりの緊張で手と足が震え、誤ってキャップシールで手を切ってしまったり、抜栓したコルクがテーブルの上に転がってしまったりというトラブルもあったが、それに気折れせず、その後は落ち着いてサービスを行ったため、無事に合格できた。実は一度で合格するのはなかなか難しい。
また、ソムリエは、フランス語の「sommelier」、語源は中世ラテン語の「sumere」。本来、「物を運ぶ人」「力持ち」といった意味があった。これは、酒屋が重い酒を運ぶ点からきているのではないかと言われている。ソムリエがつける“タブリエ”と呼ばれる長い前掛けも、元は酒を運ぶ際に服やズボンが汚れないように着用していたものの名残と言われている。
■ソムリエの仕事
ソムリエは、凡そ以下のような仕事を一般的に行う。
1.選定:店が提供する料理や予算に合わせて、ワインを選定し、仕入れる。
2.保存:温度管理が非常に重要で、熱によるダメージを受けたワインは、一見しただけでは違いはわからないが、飲むと
悪酔いすることがある。
3.管理:ワインリストを作成し、在庫の管理を行う。
4.提案:料理とのペアリングについて、お客様と相談・提案を行う。
5.提供:お客様にワインをサービスしながら、ワインの説明を行う
・コルクを抜栓する
・ワインを瓶からデキャンタに移す(デキャンタージュ)
・グラスに注ぐ
6.教育:若いスタッフや、調理場のスタッフに、ワインの説明・教育を行う。
■ソムリエと、マニア・オタク・AIの違い
次の言葉を聞いて何を思い浮かべるだろうか。“日本茶・だし・野菜・温泉・ペットフード”。実はこれらは、それぞれ“●●ソムリエ”というように、後にソムリエをつけて呼ばれる民間資格があるものである。
ここから考えると、ソムリエとは、特定のジャンルに対する専門知識がある者、という風に考えられる。
しかし、それだけでは、“マニア”や“オタク”との違いを考えるのが難しい。 “ワインマニア” の中には、ソムリエを凌ぐ専門知識を持つ者がいるからである。こういったワインマニアとソムリエの違いを考えた時に、まず一つ考えられるのが、ソムリエは資格試験を受けて、知識と実技の両方を兼ね備えた者が認定されるプロであり、マニアやオタクは知識量についてはソムリエを凌ぐ可能性もあるけれども、アマチュアであるという点がある。ソムリエ試験が、知識だけに絞った検定試験ではなく、実技も含めた資格試験だということは、ソムリエがただワインに関する知識を持っていれば良いわけではないと言える。
また、マニアやオタクは、目的として、その知識が自己満足・自己完結しているという要素がある。しかし、ソムリエも自己満足のためだけに知識をひけらかすようなことをすると、同じようになり得る。
さらに、知識量だけで言えば、ソムリエはAIにも適わない。私の勤務するレストランでも、若いスタッフが、毎月変わるコースメニューに合わせたワインペアリングをAIに提案させたところ、非常に見事なペアリングが導き出された。
■ソムリエの本質
以上のようなことから、ソムリエとは、価値のあるものを提案・提供して、それに伴って報酬をもらうプロフェッショナルであると考える。これはつまり、ゲストが存在するということ。ゲストは毎回変わるので、人によって異なる価値を探る必要がある。また、同じ人であっても、日によって求めているものが違うこともある。これには、単なる知識の積み重ねだけでは対応できない。例えば、以下のようなパターンを例に考えてみる。
1.ワイン好きを自称するお客様に、1964年のシャトーディケムを出してくれと言われたパターン
シャトーディケムは有名な貴腐ワインで、とろっとした甘さが最高に美味しいワインで、きちんと状態管理がされていれば数十年の長期熟成に耐えうる。しかし、1964年は、葡萄の不作によりシャトーディケムが生産されなかった年である。こういったお客様には、「その年はシャトーディケムは生産されていない」という事実を伝えるより、例えば「大変申し訳ございませんが、その年のシャトーディケムは切らしておりまして、代わりに、同じ年のペドロヒメネスというワインがございまして、こちらもディケムと同様、甘口の非常に貴重なワインで、こちらならございますがいかがでしょうか?」という提案をする方が、 お客様も良い気持ちでいられる。
2.あまりワインに詳しくない若いカップルが、彼女に生まれ年(2001年)のドンペリを飲ませたいというパターン
ドン・ペリニヨン(ドンペリ)は、日本ではバブル世代に有名になったシャンパンだが、2001年はドンペリは生産されていない。ブドウの出来は年によって違うため、通常ワインは、複数年にわたって生産されたワインを混ぜて作ることが多く、その方が品質も安定するが、こういった複数年のワインにはヴィンテージを入れることができない。しかしドンペリは、ブドウの出来が良い年だけ、単年のワインを発酵させて生産するため、ブドウの出来が良くなかった年には生産されない。ここで、1の例のように、「存在はするけど今切らしている」と伝えてしまうと、このカップルは、これからも存在しないはずの2001年のドンペリを探し求めてしまう可能性があるので、先ほどとは異なり、「2001年はドンペリは生産されなかった」という事実を伝えた方が良い。
また、ワインメーカーには、自社農場のブドウだけを使って作る”レコルタンマニプラン“と、他農場からもブドウを仕入れて作る”ネゴシアンマニプラン“があるが、ドンペリは後者である。そこで、「2001年のドンペリは無いのですが、ドンペリにブドウを卸しているメーカーが作っているワインがありまして、この農場は、2001年もブドウの出来が良く、シャンパンを生産しています。ドンペリよりはマイナーですが、非常に良質で、お値段もお得ですが、こちらはいかがでしょうか?」というような提案もできる。
3.食べロガーのお客様が、2001年のドンペリが飲みたいと言ったパターン
食べログに口コミを書くお客様は、?の例と同じように、存在しないはずの2001年のドンペリを注文してきた場合、実は存在しないことを知りつつ、ソムリエの知識を試している可能性があるので、ここで?の例のように気を遣って、「そのシャンパンは今切らしておりまして」等と伝えると、後で食べログに「あのレストランのソムリエは知識が無い」と悪評を書かれる可能性があるので、注意して対応する必要がある。
このように、お客様の状況に合わせて臨機応変な提案をしていくことは、知識の積み重ねだけでは難しく、そこが、ソムリエがマニアやAIに勝る点だと考えている。
■まとめ
私はこのようなお客様に合わせていく行為を、接触⇒同期(感覚を合わせようとする)⇒ゆらぎ(違和感を感じる)⇒修正⇒再同期(お客様の感覚に合わせる)⇒ひらめき⇒ワインをサービスする、という流れで行っている。お客様のちょっとした雰囲気や行動に違和感を感じたり、それによって修正を加えながら、臨機応変なワインなどのサービスを提供できる。
