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VICアカデミーを開催しました

2022年 09月 15日

VICアカデミーとは、弊社理念にある「学習と成長」の実践の1つとして開催しているVIC社員及び関係者のための
勉強会です。

今回はLiving At Ease Co.,Ltd CEO上野圭司 氏をお招きして
「タイでの起業から15年の振り返り」をお話していただきました。

上野圭司(うえの けいじ)
1978年 兵庫県生まれ
1993年 単身上京 本庄早稲田高等学校入学
2001年 早稲田大学卒業
2007年 タイ移住
2008年 洋食店「マイポーチ」創業  カラオケボックス、スイーツショップも運営
2009年 タイ古式マッサージ・スパ「アットイーズ」開業
2016年 整体マッサージ「シエスタ」開業 ベトナム(ハノイ)に進出
2020年 COVID-19の感染拡大でマッサージ店は営業禁止で売り上げが激減
タイ政府からの助成金はほぼなく、布マスクの製造販売、内装工事
2021年 観葉植物の販売などを行う
マッサージ店は6店舗から3店舗に半減。スタッフも100人から60人まで減少し、ベトナムの店舗も閉鎖
自社農園で有機栽培するハーブを使った製品の販売に注力
2022年 日本でも売り上げを確保し、子供の教育と両親との生活の観点から日本に帰国
日本‐タイの2拠点生活を開始

■タイの経済(コロナによる打撃から現在)
人口は6600万人で、そのうち8.3%がバンコクに住んでいる。国土は日本の1.5倍ほどで、実質GDPは約40兆円。経済成長率はコロナ前で3%程度だったが、現在は1.57%。タイもコロナで大打撃を受けた。感染者は日本と同じような推移だったが、たびたびロックダウンし、産業的にはかなり厳しかった。観光が1/10になり、政府の支援も基本的にはなく、小さい店は特に入れ替わりが激しかった。現在は「風邪でいいのでは?」といった雰囲気になっており、気にせずに観光客も普通に受け入れている。ワクチン証明書があれば入国ができ、日本に戻る時もPCR検査が不要になったため、観光客が戻ってくることを期待している。

■なぜバンコクで起業をしたのか
大学を卒業した時、就職氷河期真っただ中で、自分自身あまり学校に行ってなかったこともあり、いい会社に就職する
イメージがわかなかったので、起業をしようと思った。母が神戸で小さいカフェをやっていて繁盛していたが、阪神大震災をきっかけにだんだんお客様が減ってしまい、家族で「どうやったらお客様が来るか」とよく話をしていた。母も素人で始めていたことから、飲食店なら修行をすればやっていけるのでは?と思い、あえて厳しいところで5年間修業をしようと思い、居酒屋を運営している会社に入った。離職率も高い業界で同期が140人くらいいたが、半分以上がどんどん辞めて
いった。そこでは、「お客様を怒ったまま帰らせるな」という掟があり、店の前で土下座をするなどたくさん怒られながらも新店長として表彰されるくらいになった。最後は3店舗のエリアマネージャーをやりとげて、独立しようと思い会社を辞めた。とはいえ、大変な業界で東京の激戦区で何店舗も経営するイメージが湧かなかった。そんな時に父の知り合いのタイ人から「タイならチャンスがある。日本料理屋もたくさんあって、人気が出てきているよ。もしタイに来るならサポートするよ」と言われた。数週間後、タイへ視察へ行き、タイの飲食店のサービスレベルが低さがわかり、当たり前のことをきっちりやれば支持をしてもらえるというイメージが湧き、バンコクへ行くことにした。

■洋食レストラン マイポーチ
最初に洋食レストラン「マイポーチ」というお店をオープンした。当たり前のことを当たり前にやればよいと思っていたが、それを海外でやることがこんなに大変なのかと思った。従業員の意識レベルや文化の違い、内装業者との問題など、ありえないことが多々起きたりした。ストレスから禁煙していたタバコを再び吸ったり、胃潰瘍っぽくなったりもしたが、自分のやりたいようにできたので、それなりに楽しくやっていた。当初は居酒屋をやろうと思っていたが、タイでもすでにけっこうあったので、違う視点でやりたいと思い当時はほぼなかった日本のレストランカフェのような業態でマイポーチを始めた。順調にいって、2か月後には黒字化した。しかし裏では、従業員にお金を持っていかれたり、辞めた従業員に
ちょっとした逆恨みで、不当解雇と訴えられたりした。証拠が残っていたので不当解雇は認められなかったが、この時には本当に日本に帰りたいと思った。

■タイマッサージサロン アットイーズ
レストランは順調だったが、1つの柱だけで事業をやるのはいつどうなるかわからないため、他にも柱をつくりたいと思いマッサージサロンを始めた。マッサージと飲食店と分野が全然違うじゃないと言われるが、同じサービス業。提供するものは違うけど店舗をきれいにして、笑顔でお客様をお迎えして、品質のいいものを出すという点では同じかなというのがあった。当時タイのマッサージ屋は態度が悪いし、汚いし、温度調節ができていなかったりとレベルが本当に低かった。だからこそ、きっちりと当たり前のことを当たり前にやれば支持してもらえるのではないかと確信があり、たまたま売りに出ている店舗を居抜きで買った。

■ベトナム進出やその他の挑戦
タイでのマッサージサロンが順調で、ベトナムのハノイにもマッサージサロンを作ったが、コロナで打撃を受け閉店することになった。マイポーチで提供していたプリンの評判がよく、プリン屋も作ったが、タイで生菓子を売るのは気候的に大変で半年で閉店に追い込まれた。失敗もしながらもマイポーチは順調にいっていたが、パートナーとの方向性の違いなどもあり、その株をすべて手放すことにした。ずっと飲食に携わっていたが、マッサージサロンのように健康に関わる仕事はお客様から頂く感謝のレベルが高いため、健康をテーマに絞って事業を進めていこうと決意した。
アットイーズの商品として売るために、妻の親戚の土地で無農薬でハーブを育て始めたが、こちらもコロナで地獄の時代が始まった。大学時代の先輩にお金を借りて救われたが、マスクを作ったり、自分自身も勉強をして内装工事の仕事を始めたり、店先でドリアンを売ったり、観葉植物を売ったりと様々な仕事をした。それぞれ新しいことをやる大変さはあったが、ずっとこもっているよりもスタッフとみんなで頑張れて良かったと思う。

■ここが変だよタイ人!
1つ目は報連相をしてくれないという点。勝手に進めてしまうことがあり、理由を考えてみると、タイ人はプライドが高くて自己肯定感が強い。任せてほしいという思いがあるのかもしれない。
2つ目はすぐ辞めてしまうという点。ジョブホッピングが激しい。これに関してはもっといいところに移るというのが世界の常識なので、日本人の考えが異常なのかもしれないと感じる。
3つ目は「微笑みの国」ということもあり、責められることに弱い。仏教の影響もあるのか、子供に対してもあまり怒らない。タイでは人前で怒ってはダメと言われていて、否定されることに免疫がない。その代わり、相手を責めるようなこともあまりしない。

■ここが変だよ日本人!
1つ目は、自分より家族より仕事第一という点。タイ人は家族をすごく大事する。自分のことがあり、家族があって、仕事の順番である。仕事ばかり優先をして、日本人はそれで幸せなの?と言われることがある。
2つ目は、人目を気にするという点。文化みたいなのはあるのかもしれない。
3つ目は、日本人は決断にすごく時間がかかるという点。間に何人もハンコを押す人がいて……と。日本は、特に海外に赴任されている方の裁量が小さいので、自分だけで決められず、決断が遅いと海外では言われている。
とはいえ、タイ人も日本人も基本はやっぱり一緒だとも思っている。和を重んじて、ことをあらだてない。「マイペンナイ」という言葉があるが、なんくるないさみたいな、なんとかなるさ、といった意味。白黒はっきりさせないところは共通していると思う。教育で考えると、承認欲求があるのはどの国も同じだと思う。この点をよく考えながら関わっていかないとと思う。

■タイ人との関わり方で大切にしてきたこと
相手を対等として接するのが大事だと思う。雇用している側とされている側はあるが、対等な立場だということを自分も気を付けたいと思う。たまにタイ人をすごく下に見る人がいるが、現在は日本人が逆に下に見られていると感じることも多い。海外にいると日本の右肩下がりをすごく感じる。円安になり、みなさんも感じるようになってきたかもしれないが、実は15年前の移住時から既にそういう傾向があった。

■事業展開をする上で大切にしてきた3か条
鶏口牛後
競争が激しいところよりも小さいところやニッチなところで戦えそうなところを選ぶこと。
ご縁とタイミング
いろいろな話がくる中で、いくつも話が重なったらそちらに行けということだと考えている。
リスクヘッジ
ここは良いと言われると流れにのって行動するが、そのかわりリスクヘッジを考えておく。

■今後の展望
今後はタイマッサージを教えるスクール事業や、ハーブ商品の卸売りをAmazonで展開しようと考えている。
また、タイへ進出するお手伝いや、日本にいるタイ人のサポートなど、日本とタイの懸け橋として両国を繋いでいけるような形でも事業を展開していきたいと思っている。